いつか迎える「その時」。情報提供と心のサポート。

活動の理念

「死ぬことと、生きることは同じ。」

私たちは、この死生観のもとに、活動を行っています。

死ぬとは、一体どういうことなのでしょうか。
あるいは、生きるとは……。

その答えを明確に持つ人は、そんなに多くないのではないかと思います。
また、その答えも、
人生を歩んでいく中でどんどん変わっていくものであり、さらに変わるのが当然だとも思います。

ただ、ひとつ言えることは、
死ぬことも、そして生きることも、“誰かに代わってもらえるもの”ではない、ということ。

誰かに強制されたり、教わったりするものでもありません。

あまりに当たり前で、
日常生活の中ではなかなか実感できないことかもしれませんが、
死を前にした時、その現実が身に迫ってくる厳しさと重みを
大切な人と死別した私たちは、体験を通してよく知っています。

だからこそ、私たちは願います。

生きることと同じように、死もまた尊重されてほしい、
自分の死も、そして大切な人の死も、同じように尊重してほしい、と。

高度に医療が発達した現代日本では、生死の境が非常に曖昧、且つ複雑になっています。
また、「最期の医療の選択」においても、死を見据える厳しさが前提にあり、
その時、たとえ肉親であっても考え方の違いに愕然とする人も少なくありません。

死について、考えないように、あるいは“ないもの”としていると、
これからの日本では、必要以上に苦しい状況に陥ってしまう可能性も否定できないのです。

自分の死、大切な人の死。
いずれであっても、考えることさえ恐ろしいし、一日でも先延ばしにしたい……。そう思う気持ちはよくわかります。

しかし、そうであるならば余計に、
死や死別が、苦しみや悲しみ“だけ”をもたらすものではないことも知っていただきたいと、私たちは考えます。


私たちは、医療にも、福祉にも、宗教にも、どこにも偏らないこと、
さらに決して上から目線ではない、“私たちのことである”という当事者性があること、
加えて“今日から行動が起こせる”“意識を変えられる”実用性があること、
を目指しています。

そして、「死」について、「死ぬこと」について、多岐に渡る情報提供や学びの機会を作るとともに、
その時が近づいたご本人やご家族、ならびに、大切な人と死別した方に対して、
さまざまな支援を行っていきます。

死や死別という人生の危機を前にしても、それに立ち向かえる力を得られるように。
私たちは、誠意を込めて多死社会に貢献してまいります。

私たちは、死を「死ぬまで」「死=臨終」「死後/死別後」の3プロセスに分け、3つセットで捉えています。

死の前後には、さまざまなサービスがあり、多くの専門家が関わりますが、図の通り、各サービスや関わる人はプロセスで分断されていることがわかります。

社会保障制度や、現代に生きる私たちの宗教観などが大きな理由となって、このような分断があると言えますが、まさに“その時”を迎えた際、この分断がいかに厳しい現実となって自分に返ってくるかを、多くの人が知ることになるでしょう。

私たちは、死だけを特別視しません。
また、死をないものと考えることもしません。
人は必ず死ぬ、という事実を深く受け止めた上で、
死を、ひとつの通過点として捉えることを前提としています。

活動の2つの軸

100万人の「いのち」を救うプロジェクト

「いのち」とは何でしょうか。死をひとつの通過点とした時、「いのち」の意味は変わってきます。日本人の死生観の再醸成に力を注ぎます。


死の質の充実

死の質は、他者によって保障されるものではなく、自分で追求していくもの。このことを前提に、多岐に渡る情報提供と学びの機会の創出に力を注ぎます。